わはくま新六七日記

シニアのつぶやき・🅱️ウラ面

人生は 第四コーナーからがおもしろい
生き様は熊さんや寅さんのようなもんです
★ 月はひとり 星は二人で見上げたい ©️
from 67diary
@東関西

啓蟄すぎたころ、八十の壁を考える

わはくま

シニアのみなさん お元気ですか

三月五日は啓蟄

いよいよ 本格的な春です

ボクの時代なら 一期校の試験の頃です


鉛筆で黒く塗りつぶすマークシート(今でも使っているのかねえ)が使われ始めた頃だった

後にこのマークシートで 一個ずつ答えをズレてかいて散々な結果になったことを思い出す


じいさんより五十九年遅れて(弟は六十年違いで)生まれてきた

ボクが八十歳の頃に成人です、そんなには生きてられないと思っている・・


九年前の閏年の閏の日に生まれてくる予定だったけど

五日後に生まれて ただいま元気に九歳です

退院予定の前日、穿刺の痕に血が滲んでしまってドタバタしたら 孫っちの母さん(ムスメ)からメールが届いてました


ケーキやお肉は並んでいても関心を示さないので シュークリームでお祝いです





きょうの所感

入院していると テレビもない電話もない、雑音もないので 自省の時間ばかりになっていきます


コロナと同時に仕事を辞めて 忍び寄る心臓疾患や腎機能の衰えと闘う舞台を迎えました

それとともに 手強い癌や自分と似た弱点を背負った人(や声)が身近に増えてきました


入院中 思いつくことといえば 堂々巡りな話でね(苦笑)


ブログの話としては面白くないので 読み飛ばしてくだされ


結論は 曖昧な随想となりました


励まし合って ノウハウを活かし 

気持ちの持ち方も お互いで鼓舞し合いながら

力強く生きたいものですね

という想いです

✶  ✶

ベットの妄想

看護師のおねえさんは 可愛い子 が多くて 検温とか血圧測定に来てくれるのが楽しみで仕方がない

今の時代は看護師さんも忙しくて 昔のように治療の合間に雑談をして帰って行くようなことは無くなったし

名前を覚えて自分一人でルンルンと萌えているしかない

病棟には

心臓に関わる疾患でこちらに紹介されてきた人が多そう

間違いなくボクよりも爺さんばっかしです

「あまりにも高齢であれば手術を勧めない」とボクの主治医が話していたので それでも来ているのは きっと死にかけたから処置するしかない人なのだろう、杖が必要そうな人も見かけける

また、病院に来ると一気に病人らしくなって老け込んで見える人もあるだろう

人は 努めて 若々しく振る舞うことは 快適にハツラツと健康そうに生きられることなのかもしれない

こう言うところに来て日常の暮らしの姿勢を 示唆されているようだ

家に戻ったら顔の皺を伸ばすクリームを買うて試してみよう

寿命とはを考える

寿命とは・・を考え始める時が来たのだと感じている

ます『運命の寿命』が人それぞれにあります

その人固有の『限界年齢』だと考えてみましょう


そこに近づくと「死んでも仕方がない」という最もらしい納得

または 言い訳のようなものが湧き出てきて

「この歳やから死んでも仕方ないな」・・と

そう簡単に諦められるものでもないのに そう呟いている


七十歳前に亡くなった人の葬儀会場には年齢(享年)の表記をしないのだ

と耳にしたことがあるが、今はもっと年齢が高くなって

七十七歳くらいからが「死んでも仕方ない」分類になりつつあるか


そして

八十歳の壁

この壁のもう少し先に寿命の燃え尽きるところがあると感じ始めるわけす


運命だと感じながら あれこれと手を打つと「ジタバタしている」とか「悪あがきをしている」とも言われる


けれども  適切な(?)処置をすれば「いい医者に掛かって」とか「うまく治療して」と 長寿を大きく褒め称えるように話は変わる


一番大事なのは 壁を越えてから満足に気持ちよく生き抜くかが大事で、我慢や不本意な生き方で過ごしてしまうと勿体無い


そこで「どうぞお好きなように」甘いものや好きなものを食べたりお酒も飲んでいいじゃない・・と主治医の先生はすすめる


長生きを目標にするのではなく 充実して満足して暮らし 思い残すことなく行こうじゃないか ということなのだ


壁となる年齢は 人それぞれ、八十歳はあくまでも目安だといえよう

寿命年齢

そもそも その数値ってなんなのだ・・


平均を出して伸びたことを歓び合うとか競い合うものでもない

標準化して考える物でもない


寿命に関わる数値は 行政・福祉サービスをするための基準適用が必要で その尺度に必要だったからだ 


田舎でのんびりと暮らしてきているお医者さんにかかると 糖尿の数値が出ていても心配させることなく「おばあちゃん 好きなものを食べて暮らすのがいいよ」といってくれる


長寿を目標にしないで 年齢の数字も気にかけないで 生きることが大切 ということだ


生きる意味に目を向けてくれる

原始時代に遡る

病気になってもお祈りするしかない時代、神様も出現していない時代、世の中の人が競い合ったり争い合ったりしなかった時代まで遡って想像をする


さすれば、人間というものの本来の生きる姿が見えるようだ


癌ができる、腹痛が起こる、身体が動かなくなるという恐ろしいことに立ち向かわない

正体も不明なのだから 治療もできないから受け入れるしかなかった時代


人々は生きるということに美しく素直に満足して向き合っていたはずだ

×

非ログインユーザーとして返信する