ふるさとのキジ鳴く畑でウドをつむ // タケノコをもらいに ✣ オムライス
シニアのみなさん GW いかがお過ごしですか
ニュースでも
高速道路の逆走の悲惨な事故が報じられていました
人類が賢くなるのはええけど 事故率の確率を考えると 母数が増え続けるのだから 危険率、故障率は 増加しますね、当然ですが
自動運転のシステムが一般化したら
道路に子供や人が飛び出したら 自動運転のクルマはどう反応するのか
その人が「故意に飛びす」人なら・・
故意に飛び出して 自動運転の車を緊急停止させて 堂々と道の向こうに渡るコトも可能になるのかねえ・・
便利はいいけど 不便も大事な要素と思いますけどねえ
スマホもらうので ガラケーから機種変更する予定ですが データ通信は0.5G でとどめて
アプリは基本的に入れない・・と考えています
➣高齢者は自分の道を掴んでいるから ひと様の助言などに耳を傾けない・・
まあ頑固人が増加してますが
その一方で 些細なことにも耳を傾け 自分の暮らしに神経を配っているシニアも多い
➣ぼくの日記のようなものにも耳を傾けて 気にかけて暮らしに反映している人もある・・
その一方で「アホくさ」と思うのか真相は不明ですが「それはそれ、あなたはあなたで好きなようにやってくれ」的なスタンスの人も多い
➣昨今は 『個人情報』という言葉が大々的に大手を振って 別に秘密主義でもないものの 職業 性別 住所 年齢 などにボカシをかける記事(日記)が目につく
ランチに出かけても『自己主張』心で みんなに見て欲しいのだけど 場所 店名 価格 人数 性別 その他の様子 感想・・等に触れていないものが多い
残念だがこれらの記事は レポートとして不完全で 魅力を失っていく
(単なる自己満足作品に変化していく)
➣高齢者になると 生きるのに(生き抜くのに)精一杯になってくる傾向も増す
周辺の人の幸福、不幸、不運、予期せぬ通院、家族の不健康のこぼれ話・・等々にも心にゆとりと温かみを持ち 接することができなくなる人を多く見る
逆説的に見れば 自分の命を守るのが精一杯で 決して人の不幸を喜ぶものではないものの 一緒になって(心を)助け合おうという気を失う
➣社会が健康医療という分野に大きく力を注き ヒトが長生きをすることを『至上命題』とすると 医者も善意か職業意識なのか『延命』に加担するようになってきた・・
「庶民が生き続ける姿」や「周囲の死を覚悟する心理的変遷」などは昔から変わっていないのだろうか・・そんな研究しても面白かろうなと思う・・
➣ぼくの父が死んでから あらゆるところから投げかけられた言葉「もっとええ医者に診てもらえるように大きな病院にかかればもっと長生きできたのに」を胸に 悔やみ・悔やまれ続けながら 三十年近く 様々な人の死んでゆく姿を見てきたわけだが
そこで感じてきた『死と向かい合う心構え』や『死んでしまう諦め』のような心情に、人それであるものの この年齢になって ぼくよりも更なる高齢者の人と話をするうちに、一つの方向性を感じるようになってきた
➣それを言葉では表現できないので 考え込んでしまい 日々堂々巡りをしている・・
さて その2
⇧⇧⇧ そんなことは読み飛ばして
GWだしちょっと贅沢を食べるとか買うとか
十七音をつぶやく
知らせをもらったので
家に帰ってタケノコをもらってきました
ウドもあって 万歳‼️でした
躑躅咲く峠の茶屋で別れたり
ふるさとのキジ鳴く畑でウドをつむ
読み返す五月五日の日記かな
窓あかり 深夜の自画像に耽る
牡丹咲いて待ち遠しいのあれもこれも
花が咲いて
人混みは避けたいけど
どこかで静かにお花見と散歩に
出かけたいものです
食卓から
オムライスを食べてからお出かけ

ウド
今年初のウドをもらってきました
春の初物の中では これが一番美味い
これぞ 春の味です
というわけで
ウドを美味しくいただきました

タケノコ
筍をもらったという知らせが届いたの
貰いに行ってきました(実家へ)

シャケの西京味噌

GW前で家で大人しくしていようと思っていたところ 母親から電話があって
「筍のお裾分けをもらったので取りにおいな」というので 貰いに行ってきました
きょうの思い出
Facebook が出してくる思い出に浸っています

ソロツーリストだった時代の思い出は
もう昔のことですから
さらりとみて 懐かしむだけです
死後の世界にも持っていこうと思いません
子孫にも見せるつもりも消失しつつあります
長閑な時代はもう今はない