にぎりの長次郎で年納めとします、もう贅沢はこれで終わり!
シニアのみなさん 年末はいかがお過ごしでしょうか
家の片付け、お買い物、お世話になった方々へのご挨拶など、お忙しいことと思います
僕なぞ 世の中への不平不満、この世への 不安や 恨みや妬みに満ちています
こんな醜い怨念のようなことを日記に書いても みなさんに不快感を与えるだけでしょう
愚痴を吐いたところでちっとも 晴れるところへ 到達できるわけではありません
でも、少しは吐き出したい人もあろうと思います
『ため息くらいはつかせてよ』と・・
🔖 ため息をちょっと吐いても白い息
〔歌人・文明評論家:村上一郎〕いう人が
自分の弱さを感じるなら、思い切って他人に告白なぞできぬくらいに徹底してひとりになってみなくてはならないと思う。そして、その時に心の底からわき上がってくるのは、他人に甘えたい気持ちではなくて、どんなお涙頂戴とも無縁な、ひとりで生きてゆこうとする静かな勇気だと思う
といっています
若い時に出会った言葉でずっと座右においています
そんな状況に追い込まれる
場面や気持ちは 人それぞれで 自分が「如何に感じるか」にかかっています
頑張り過ぎてもあかんし へなちょこでもあきません
ひとこと「誰かに聞いてほしいなあ」と思うときもあれば 弱くなってじっと縮こまっているのもいいでしょう
助け舟が欲しいわけでもなく 哀れんでほしわけではない
そんな境地で静かに 高齢者の時間を過ごしていらっしゃるかと思います
にぎりの長次郎
お昼に買うてきてもらった仙太郎の三笠の話のことを
翌る日の午後に電話で話してみても『記憶にない』とーさんに面会するために
サ高住を訪ねて その帰りにちょっと寄りました
今年最後の贅沢です
🔖『ひっそりと 二人静かに忘年会』やねえと言いながら 食事をしました
三笠のことも覚えてない、お昼にお風呂に入ったのも記憶にない、しかしながら長女の名前は忘れていません
「今度いつ来るんやー」と言われて それに答えても それが明日でも一週間後でも一ヶ月後でも区別がつかないのですが
『痴呆脳』について書く日記も何度目かの正月を迎えようとしています
最初のころは 連れ出してお寿司を食べにもいった(孫)ようですが このごろはどうなのかなあ
誕生日だよ、お盆だよ、大文字だよ、クリスマスだよ、といっても それほど響かないようですし 施設の人も刺激になるようなイベントは知らせないこともあるようですから
春が来て夏になって 秋が来て冬になっても 何ら変わりなく 暑さ寒さも苦にせず
幸せに時間を過ごしてゆく
次に来るのはお正月が明けてからかな、と思いながら
「また そのうち 来るわな」とだけ言って サ高住を後にしました


おまかせにぎり、旬づくし、伏見 を注文しました
この前に来た時よりも ちょっと高めになってしまった
五千円を飛び出してしまったので 身分に不相応な贅沢でした
家康が這うように越えたと言われる『伊賀越』の裏街道に沿った国道を
しぐれ模様の空を見上げながら家路へと急いだのでした
🔖 しぐれ道 きのうのことは忘れても こんどの日付を尋ねたり
その夜は鯛めし


ちょっと 塩分を無管理状態で過ごしましたので
家に戻ったら
塩分量の見通せる食事をすることにします
日曜日には 「環境フェア」があって 孫っちーずが工作をしたいというので 連れて行きます
この子たちのとうさんかあさんは 宿直明けだったり 日曜出勤当番だったりして
みんな年末なのに忙しいのだ
環境フェアに行けば 古巣の知り合い(・・と言っても 若い子ばっかしだろうから もうお忘れられているでしょうけど)もいますし 先生の姿にもお目にかかれそうなので こっそり回ってみようかな・・と思っています
きょうの所感
今朝は 朝寝をしている間に時雨たようでした
部屋の温度計が9℃付近になっていました
雪の便りも届きます
昨日も食事をしながら
「雪降ったんはいつやったかなあ」
(子どもが)「結婚する年やったで」
そうか・・
ぼくたちが結婚をした年も 京都には大雪が降ったのを思い出しました
新婚旅行の真っ最中に海外で見た新聞に『グリコ社長 誘拐』とあり驚いたのでした
近年 雪が積もったのを見ないので
今年こそは 降るかもしれないなと思いながら 冬が来るのを迎えます
山茶花が蕾を膨らませていました
🔖 山茶花がもうすぐ咲くよと揺れている
もしも
冬の軒にこの山茶花がたくさん咲いて
雪がたくさん降ったら
『山茶花の咲く冬は雪が降る』みたいなジンクスができるかな
ヒトはジンクスを拠り所にして生きています
この『としごろ』になると そういう『寄り添い』が欲しくなる